そーゆーブログ2

言葉と夜と本たちと

π(パイ)の悲劇―ある天才の記録

円周率

今日、私は円の面積を求める方法を思いついた

円の面積を求める公式の定立!

 

それは今まで、私の仲間の誰一人として、思いもよらなかったことである。そしてその方法は、「直径に対する円周の比率」を用いるという画期的なものだった。

 

私はこの比率を「円周率」と名付けた。そしてこれをπ(パイという文字を使って表現することにした。

 

なぜなら、この円周率の数値は3.14以下も長々と続き、しかもけっして循環せず、どうしても確定することができなかったからである。

 

しかし、私の数学者としてのあくなき探求心が、より正確な円周率を求めることを欲した。そしてついにある日、私はこれを求める覚悟を決めて計算を始めたのである。

 

その日以来、私は朝から夜中まで計算を続けることになった。

  徹夜のコアラ

 

       ☨ 

 

数字は3.14から無限に続いた私は熱中した。すっかり人前に姿を見せることもなくなった。誰か訪ねて来ても、顔も見せなかった。

 

すぐに筆記用具を握る指先にマメができた。それは幾度も破れ、やがて鉱物の硬度を持つタコになった。

 

私は食事と睡眠のためのわずかな中断を除いて、すべての時間を計算に費やした。

 

計算を続けるその一分一秒の瞬間に、数学に対する私の全情熱を、惜しみなく注ぎ込んだ。その最後のひとしずくまでも残さない覚悟で。

 

それはまるで計算というよりも修行だった。

 

       ☨

 

数字は無限に続いた。計算を始めてから三か月が過ぎた。何度か人が訪ねてきたが無視した。

 

しばしば目がかすんだ。時間が惜しかったので、食事をとる回数を減らすことにした。ときおり計算の途中で仮眠をとった。数字が輪になって踊っていた。

 

無限に続く円周率

 

       ☨ 

 

数字は無限に続いた。今日がいったい、いつなのか、もう考えることもできなくなった。

 

いつのまにか、空腹を感じなくなっていた。トイレに行こうとして、自分の足で立てないことに気づいた。

 

       ☨ 

 

数字は無限に無限に続いた。何度か意識が遠くなりかけた。ふと正気に戻ると、右手だけが別の生き物のように動いていた。

 

        ☨

 

小さな夕日

 

ある日突然、目の前に、赤い斑点(はんてん)が浮かび上がった。それは、初めは小数点のように小さかった。

ところが、だんだん大きくなっていった。それはまるで、そう、沈む夕日のように、赤く、おおきく、美しく…うつく  し……

 

 

        ☨

 

 

ある日、博多中央動物園で、一匹のニホンザルが死んでいるのが見つかった。その猿はひどくやせていた。右手には、先端をとがらせた小枝がしっかりと握られていた。

(おり)の壁には、その小枝をこすりつけたらしいあとが、無数に残っていた。

 

(完)

 

                                                                                      f:id:soyou-desu:20180613024237p:plain