そーゆーブログ2

言葉と夜と本たちと

隣室の地底人

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空室だった666号室に、新しい人が引っ越してきた。

 

その日の夜、俺の住む665号室に男があいさつにきた。黒いサングラスをかけて青白い顔をした男だった。

 

 男は粗品と書かれたタオルを差し出しながら、「私は地底人です。よろしくお願いします」と言った。俺は笑いながら、「どうぞよろしく」と言った。こうして俺と地底人の近所付き合いが始まった。

サングラス

地底人はいつも、昼間は眠っていて、夜になると起きてどこかへ出かけていった。それは、夜の仕事をしている俺の生活のリズムとほぼ同じだった。そういうわけもあってか、俺たちはなんとなくウマが合った。

 

 やがて、俺の仕事が休みの夜には、お互いの部屋を行き来するようになった。

 

地底人の部屋は変わっていた。昼も夜も、すべての窓が生地の厚い遮光カーテンで覆われており、日が射し込みそうなすきまにはガムテープで厳重に目張りがしてあった。

 

そのうえ、彼は部屋の中でも決してサングラスを取らなかった。理由を尋ねると、「地底人だから」と彼は答えた。俺は吹きだしそうになりながら、「なるほど」と言った。おそらく室内の明かりでさえ、彼の目には毒なのだろう。地底には明かりも太陽も無いから。

 

そんなある日のこと、俺は街のちょっとした異変に気づいた。最初は、俺の通院していた歯医者だった。朝の九時から夕方の五時までだった診察時間が、夜の八時から朝の四時までに突然変更された。まったく何の説明もないままに。

 

次は近所の商店街だった。昼間は閉店して、夜間のみ営業する店が何軒か出てきた。と思っていたらあっというまに、すべての店が夜間のみの営業に切り替わってしまった。

夜間のオフィス街

やがて、昼間には歩行者も車も見当たらなくなり、日が沈む頃になると、仕事始めの通勤ラッシュが始まるようになった。会社も大学病院も学校も市役所も郵便局も警察もすべて、日が沈んでから始まるようになったからだ。

 

警察が夜間だけ仕事をするというのもおかしな話だったが、昼間にはほとんど誰も活動しない以上、特に困ることもなかったのだ。

 

異変は世界中に広がり、政治も経済も文化も犯罪も、その活動はすべて夜に集中した。昼の世界は完全に死んでしまったのだ。

 

ある夜、地底人が思いつめた顔で、俺の部屋を訪ねてきた。

「ついに君の番が来た」

彼はそう言うと、サングラスを取って、血のように赤い瞳で私を見つめた。

サングラスをとる

次の瞬間、彼は両腕を広げて、大きなコウモリのように私に飛びかかった。彼の鋭い牙が俺の首を傷つけようとした寸前、俺の三本目の腕が上着の下から現れて、彼の眉間に小さなものを叩き付けた。

 

彼はギャッと叫ぶと、窓を破って6階のベランダから夜空に飛び出した。俺は窓から乗り出して真っ暗な夜空を見上げた。

 

大きなコウモリのようなものが翼を広げて、そのまま夜の闇の中に消えていくのが見えた。俺の三本目の手の中には、小さな十字架が握られていた。

羽ばたくコウモリ

俺はため息をついた。もはや地上世界は、吸血鬼たちに完全に占拠されてしまった。我々の地上侵攻計画はあきらめるべきだろう。帰って上層部にそう報告しよう。地底世界から派遣されて来た、地上偵察部隊の工作員として。

(完)

 

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