百田(ももた)さん
百田さんは46才
やせて小柄で度の強い眼鏡をかけていて
髪の毛はもうほとんど残っていない
百田さんの仕事は食品工場の炊飯係
毎朝6時に出勤すると
巨大な洗米機とベルトコンベアーと
特大の釜がいくつも並ぶ工場で
寿司飯、白飯、味飯、地鶏飯、五目飯、
赤飯、きのこごはん、山菜ごはん、と
いろんな種類のごはんを一日中たきつづける
お昼には中ジョッキでビールを一杯のむ
夜は焼酎をお湯で割ってのむ
日曜日も祝祭日もはたらく
休みはない
奥さんも子供もない
行きつけの飲み屋が一軒ある
行きつけのクラブも一軒ある
くりかえす口ぐせは
「なあんで、おれは、もてんのやろうなあ?」
いつだったか
百田さんは酔っぱらって
おれの前で ぽつぽつ告白したことがある
「おれ…なあ…、女のほうから、
…好きやあ、とか、言われたこと……、
今まで…いっぺんも……ないんよぉ」
その晩 おれは百田さんを背負って帰った
たぶん本人は覚えていないだろう
百田さんはひどく酔うと記憶をなくす
毎週水曜日
百田さんは午前中で帰る
電車で久留米(くるめ)の病院へ行くために
別れた奥さんのお見舞いに行くために
別れた奥さんは
クモ膜下出血で倒れてから
人の顔が区別できなくなった
けれど百田さんが訪ねて行くと
いつもにっこり笑う
百田さんは今年で47才になる
仕事は炊飯係主任
来週の水曜日も
きっと午前中で帰る
(1995年頃 福岡市博多区)