月に関する二篇
おおきな手鏡のお話
そうですか…
今夜あなたにも見えますか
いえ…
あの雲と雲とのあいだを
ゆっくりと流れている
夜風のことではありません
そう…あの、おおきな…
ええ、あれは…
真っ黒な空に浮かぶ
おおきな手鏡ですから
見上げる人々の
心のかたちや色までも
映してしまうのですね
わたくしが見上げると
それは青白く…
今夜も…
さみしく欠けております
ええ、今夜も
静かに更けていきます…
月から降りてくる
静かな夜です……
眠れない夜には
一冊の本を読むように
お月さまをながめるのが好きです
白うさぎの跳ねる姿も
月国のお姫さまの黒髪も
狼男のさみしそうな目も
昔の人たちが月を読んで
書きとめた物語かもしれません
お月さま、そこから
この紙とペンが見えますか
わたくしの準備は
すでに整っておりますよ
今夜 わたくしにも
物語が降りてきますように
†
いえ あれは
夜空が笑っているのでは
ありませんよ
お月さまがじょうずに
三日月になって
浮かんでいらっしゃるのです
いかにも楽しそうに
ゆうらり ゆうらりと
浮かんでいらっしゃるから
あの夜空ぜんたいが
三日月色のおおきな口で
にっこり にっこりと
笑っているように
見えるだけなのですよ
そう 今のあなたの
やさしい口もとのように
†
「あのね、お月さまは
なにで、できているの?」
ん……そうですねぇ…
それはきっと
お月さまをつくったひとだけが
知っているのかもしれませんね
そのひとは…
月や、星や、小鳥や、スズランや
色や、光や、愛情や、やさしさをつくり
最後に、感謝という
気持ちをつくったのかもしれませんね
†
「あのね、じゃあ、
小鳥はなにで、できているの?」
小鳥…? 小鳥は…そう……
雪でできておりますね
「雪で?」
そう 小鳥は雪で
そして あなたは
希望で できていらっしゃいますね
†
さて 夜も更けましたね
わたくしはそろそろ行きましょう
「ありがとう、気をつけて」
ええ あなたも どうぞ気をつけて
おやすみ……
小鳥は雪で出来ている、そして性を変える。