お祭りの記憶
静かな夜です
わたくしのお祭りの記憶は
音と匂いと
手のぬくもりです
笛太鼓、呼び込み、足音
いか焼き、焼そば、りんご飴
父母、弟妹、やさしかったひと
夏の日も
秋の日も
幼かった日も
幼くなかった日も
わたくしの見たお祭りはいつも
同じ顔をしておりました
お祭りの記憶はいつも
――日に焼けた古い写真
――スロー再生の映画
――目を閉じて読む短篇小説
お祭りの記憶はたとえば
――初めて買ったレコード
――卒業した小学校の廊下
――若かったちちははの笑顔
お祭りの記憶は……
†
「あのね、あたしたち、
ふたりとも千円持って、
おたがいに好きなお店を
三つずつ選んで、
お店の前でじゃんけんして
負けたほうがおごるの。
ね、いい考えでしょ?」
三回とも負けていいから
あの娘(こ)ともう一度
じゃんけんをしたい
†
「ねぇ、おかあさん、
アメリカンドッグ買って。
あのおめん買って。
りんご飴買って。
あの光るボール買って。
金魚すくい……」
貧しかったから
そんな言葉を全部
飲み込んで歩きました
お祭りの匂いだけでよかった
†
……さて、今夜はこのあたりで
失礼させていただきましょう
お祭りの記憶がもしも
さみしい夜汽車なら
私は乗り込むことなく
静かに見送ることにいたします
「かなしみはいつも外から見送るものだ」
どこかの詩人さんも
そう言われておりましたから
おやすみなさい……